| INTERACT2007 報告記 | 栗原 一貴 | 2007/10/01 |
INTERACT2007は2007年9月10日から14日まで,ブラジルのリオデジャネイロで開催された.ラテンアメリカでの開催は今回が初めてである.成田空港からワシントンDC,サンパウロを経由しての,片道1.5日ほどもかかる私にとって最長のフライトとなった.
会場は風光明媚で有名なCopacabana海岸沿いのRio Othon Palace Hotelである.会場内からガラス張りの壁を隔てて海岸で日光浴やマリンスポーツに興じる人々を見ることができ,学会開催中もリゾート気分が漂う.カンファレンスディナーではシュハスコ(一言でいえば串刺し焼肉バイキング料理?)が盛大に振舞われ,ボサノバ,サンバ,カポエラ御一行の手厚い歓迎を受けた.Carioca(リオ人)は天衣無縫の陽気な人々と噂には聞いていたが,まさにカルチャーショックを受けるほどの明るさだった.
INTERACTは最近では隔年で開催されている国際会議であり,私は初めて参加した.29ヶ国から280人前後の参加があり,その比率はヨーロッパ,ラテンアメリカ,次いで北アメリカ,そしてアジアの順であった.内容や様式もどちらかというとヨーロッパ系の文化の香りが漂う.これについては後述する.
発表の主要な要素であるfull paperとshort paperの採録率はそれぞれ76/223 (34%), 35/109 (32%)となっている.ACMのHCI系学会が軒並み20%前後の低採択率となっている現状において,比較的チャレンジしやすい学会といえる.これは学会に単純な優劣をつけようという意思からではなく,自身の最新の研究成果をテンポ良く適切な場で発表する重要性からの考察である.特にHCI分野では「新規性」が論文の価値として極めて重要な位置を占めるため,非研究者がWebであっさりと最新技術を公開してしまう昨今,自身の最新の成果をその都度冷静に評価し,「ちゃんと戦えるフィールド」を選択することは死活問題である.その際,高低さまざまな採択率・影響力を有する学会が共存していた方が,戦略の幅が広がる.私のような若輩は,まだ特定の学会への帰属意識も,その学会での認知度も低いため,自分の帰属するべき場所を探す意味でも,また一貫した研究テーマでのテンポのよい発表を継続し当該分野での存在感,ひいては認知度を高める意味でも,多様な学界への論文投稿および参加をこれからも積極的に行っていきたい.この点については浅学のため,諸先輩方のご意見も伺いたいところである.
さて,INTERACT2007は3日間のテクニカルプログラムで100を超える発表を消化するため,3~5のセッションが平行に走るパラレルセッション形式で発表が進行する.参加人数に比してセッション数が多いため,会場によっては部屋がとても小さかったり,聴衆がまばらだったりといった事態が散見された.特にパネルセッションの裏番組のセッション(別会場で同時進行のセッション)は閑散とする傾向にあり,発表者には残念なことであったろう.学会の規模と論文採択率を管理することの難しさを垣間見た思いである.
このような過密スケジュールの中,キーノートは毎日あった.初日はUniversal Usabilityの提唱者であるBen Shneidermanが,最近のHCI研究の潮流を踏まえ,我々はscience 1.0からscience 2.0の時代へと突入したのだと宣言し,熱い(それほど肯定的でない)議論を呼んだ.すなわち,要素還元的に非現実的な研究室スタディを行う時代は終わり,今やethnographic, observational, situatedなスタディにこそ価値があるのだとのことである.またこのようなスタディでは,以下の点を重視して評価を行うべきとのことである.
■ multi-dimentional
■ in-depth
■ long-term
■ case studies
の4点である.確かに最近のHCI学会におけるこの手法による研究発表は勢力を拡大している.もちろんすばらしい研究も多いが,私の印象ではあまりに対象を特定・限定しすぎたために,得られた知見も汎用性に乏しく,「彼らの現場の複雑なニーズに応えるシステムを作るには,多様な情報メディアをうまく統合していかねばならない」といった漠然とした結論に留まるものがよく見られるように思う.それは社会学的にはおそらく重要な成果なのだろうと門外漢ながら推察できる.しかし,そもそもコンピュータシステムの開発および導入の必要性自体を論ずることなく,「彼らに役立つコンピュータシステムを構築するために」という枕詞をつけることでシステム開発系の研究者・デザイナーに警鐘を鳴らすことにどれだけの意味があるのかと思うことがある.
果たしてscience 2.0はこのような超極地的な知見(しかも解決策というよりべからず集的なもの)を集積することで,よく例として挙げられるWikipediaのような人類の知恵として息づいていくのだろうか.またそして果たしてそれは,研究者が研究活動として行うべきものなのだろうか.私は未だ静観している次第である.専門の方にお会いする機会があればぜひご指導いただきたい.
二日目のキーノートは開催国のブラジルのPUC-RioのClarisse Sieckenius de Souzaが講演した.通常HCIはシステムとユーザとの対話にフォーカスするが,それをシステムデザイナとユーザとの間のcomputer-mediated human communicationと位置づけて議論しようという試みと,そのような視点で研究を行ってきたSemiotic Engineering Research Groupの成果を概説的に語った.ブラジルは識字率が低いので,そのような地理的状況でのHCI研究は従来の北アメリカ・ヨーロッパ主導の方法論とは一線を画している.そこにこそ使命感を持っており,多様な文化背景に目を向けることが我々国際コミュニティが目指すべき方向性であると力説していた.私もまったく賛成である.(以前かな漢字変換についての研究がなかなか欧米で理解されず苦労した経験がある.)
対照的だったのが三日目のキーノートである.IBMのWendy Kelloggが講演した.IBMのSocial Computing Groupの活動概要報告といった内容だった.Social Computingは,「ユーザがユーザのためにデザインを行う」という新しいHCIの潮流であるという.酷評だが,プレゼンテーションとしては不親切なものだった.Social Computingの観点から「今アメリカで流行しているWebサービス」について論ずる場面が多かったのだが,概説的なスライドに対しひたすら早口で喋るスタイルであったため,それらに対し知識のない私には理解は難しかった.
英語を学ぶことと,アメリカの生活習慣や文化の知識を得ることは別である.我々は仕事上英語をマスターしなければならないが,それは対等にコミュニケーションできるレベルでよいはずである.アメリカで生まれ育ち居住している人間にしか分からないような特定の概念・固有名詞を国際会議の場で説明もなしに持ち出すのは怠慢・傲慢と言えよう.
会議を終えて.
今回の初めてヨーロッパ人主体の学会に参加するにあたり,アメリカ,ヨーロッパ,そして日本という文化と様式の違いについて考えずにはいられなかった.しかしそれは希望のもてる部類のものである.今まではアメリカ系の学会しか参加経験が無かったため,「違和感を感じるもの=アメリカ式=日本以外では常識のグローバルスタンダード」と諦観していた面もあったが,今回日本ともアメリカとも違う「ヨーロッパ式」を目の当たりにして,特にアメリカ式との違いを客観的にとらえることができ,「ああ,やはり世界にはたくさんの価値観が存在している,それでいいんだ」と感じることができたことだ.一番の大きな違いは,発表スライドの字が非常に小さく,そして議論が詳細に渡る点である.したがって短時間で発表内容の要点を理解することは難しい.時々スライドの字が大きくてホッとすると,それはアメリカ人だったり,その影響を受けた(我々日本人も含む)人種だったりする.それは一目見て内容を理解できるシンプルさを持っているが,おそらくそのために犠牲になった重要な詳細情報も少なくないだろう.「和」すなわちある面で謙虚と曖昧を重要視する日本人,少なくとも私は,そのような犠牲の上で単純化されたプレゼンテーションを堂々と行えるだけの気持ちの太さはないし,逆にどこまでも細かい議論をし続けるだけの論理的な根性を持たない.ただ,そのような日本人としてのメンタリティを,ちゃんと彼らの作法に則って英語で説明し説得できるだけのコミュニケーション能力と強さを修得したいと思うし,我々のその思想や主張が少なくともHCI分野が今向かおうとしている方向性に合致していると信じている.
やはり,そういった意味でも今回INTERACTがラテンアメリカ最初となるブラジルで行われたことに意義を感じた.また,それぞれの参加国がその国の文化特有の問題を取り上げるethnographicな研究が増えることは,分野として歓迎すべき潮流なのかもしれない.
次回のINTERACTは2009年8月24~28日の日程で,スウェーデンのUppsalaにて開催される.
最後に,現地の様子を写真で報告する.
会場のホテルから眺めるCopacabana海岸.
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土曜の昼に食べる風習があるという,ブラジル料理・フェイジョアーダ.黒豆で様々な肉を煮込んだもの.二人分とは思えないボリューム.おいしい.
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キーノートの様子.
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ディナーでのサンバ御一行による歓迎.